情報・広報・HP部会
活動報告
「フリーテーマ」 建築士ながの掲載
2019-05-10
かつて職人の世界では、「怪我と弁当は自分持ち」でした。安全管理や休業補償の制度もなく、怪我をすれば一家は路頭に迷いました。昭和33年、当時世界最高レベルの工事だった東京タワーの記録映像には、安全帯もネットもないまま高所作業をする鳶職たちが映っています。
慢心や軽率な行為を戒めながらも、職人の心意気を表すこの言葉は、もう古いのでしょうか。
私は、治山・砂防を専攻する学生の必然として本格的に山に登り始め、社会人になると、南アルプス北部地区山岳遭難防止対策協会(遭対協)の山岳救助隊員に任命されました。
爾来、平成27年に副隊長を最後に引退するまでの34年間、警察の隊員と共に遭難救助に携わってきました。
ささやかながら、生涯の誇りです。
救助隊ではいつも先輩から、「山では、生命と弁当は自分持ち。全て自己責任。自分を守れない者に他人は救えない。」と教えられました。
だから、遭難の一報を受け最初にするのは、自分自身の準備です。
季節、天候、遭難場所、ビバークの可能性などを勘案し、個人装備や服装を整えます。
その後、救助作業を想定して、ロープ、ディセンダー、アッセンダーなどの救助用具や水や食料を用意します。
現場でも蛮勇は禁物。遭難者が岩壁にしがみついていようと、猛吹雪の急斜面に倒れていようとも、先ず行うのはセルフビレイ(自分の安全確保)です。
ヘリコプターが着陸できない急峻な岩場に、ワイヤーに吊られて降り立つのは、高度3,000mでの空中ブランコ。
落ちれば確実にお陀仏なので、ハーネスやカラビナの装着は何度も確認します。
人命救助だからこそ、自分を守ることに寸分の妥協もありません。
工事現場の安全管理が徹底されている昨今ですが、だからといって「安全」は漫然と与えられるものではありません。
現場の戒めとして、これからも「怪我と弁当は自分持ち」という気持ちを大切にしたいものです。
三井栄二