長野県建築士会 上伊那支部 |伊那市・駒ヶ根市・上伊那郡

 

情報・広報・HP部会

 

R1,2年度 委員紹介

R1,2年度 委員紹介
 
上伊那支部 情報広報部会
R1,2年度情報広報HP部会メンバー

 部 会 長     山口 秀剛
 副部会長  唐澤 大基 
       井坪 義文
       奥原 みどり
       澤田 康平      
担当副支部長 福島 正寿
 
 
 
情報広報OB会 
 

H27年度委員会活動計画

H27年度委員会活動計画
 
けんちくし上伊那」年2回 6月・12月 発行 ★No94よりリニューアル決行!
 編集記事募集・記事依頼・収集・校正・印刷
 
  ホームページの作成 更新

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けんちくし上伊那 発行 6月・12月

けんちくし上伊那 発行 6月・12月
 

新ホームページの紹介

新ホームページの紹介
 

上伊那支部のHPが新しくなりました!

 新アドレス http://www.kk-shikai.net
 
 Renewal Point1.
 建築士「かみいな」の紙面情報がいつでもWEBで
 Renewal Point2. 建築や建築士会の最新情報を、リアルタイムで更新
 Renewal Point3. 支部長や事務局からも、情報発信
 Renewal Point4. 会員(掲載希望者)・賛助会員(LINK掲載有料)の検索が可能に

情報広報HP部会では、月1度は委員会を開き、作成しています!

また、このWEB上での企業広告やLINKを募集中です。
詳細は、情報広報HP部会までお問い合わせください。

 

遺したいまちなか 建築士ながの掲載

遺したいまちなか 建築士ながの掲載
 
大正8年6月旧伊那町(昭和29年に伊那市)で全焼59戸、半焼43戸の大火があり、その後商店が次々と建築されたと記されています。 「伊那市誌・伊那市の歴史参考」
伊那市の看板建築はその際建築されたもので、大正ロマンを感じる建物が並んでいます。
日頃はアーケードの上で見過ごされていますが、建築士会青年委員会でも以前紹介しています。「遺したいまちなか」という言葉は重いですが、保存して頂けたらと思います。
建築史家・藤森照信氏が命名したもので、関東大震災後、商店などに用いられた建築様式のことのようです。建物前面をモルタルなどで仕上げて装飾をつけています。銅が安かった時代を反映してか銅板の看板建築もいくつかあります。
金澤直樹
 

「山では、生命と弁当は自分持ち」建築士ながの掲載

「山では、生命と弁当は自分持ち」建築士ながの掲載
 

 かつて職人の世界では、「怪我と弁当は自分持ち」でした。安全管理や休業補償の制度もなく、怪我をすれば一家は路頭に迷いました。昭和33年、当時世界最高レベルの工事だった東京タワーの記録映像には、安全帯もネットもないまま高所作業をする鳶職たちが映っています。慢心や軽率な行為を戒めながらも、職人の心意気を表すこの言葉は、もう古いのでしょうか。

 私は、治山・砂防を専攻する学生の必然として本格的に山に登り始め、社会人になると、南アルプス北部地区山岳遭難防止対策協会(遭対協)の山岳救助隊員に任命されました。爾来、平成27年に副隊長を最後に引退するまでの34年間、警察の隊員と共に遭難救助に携わってきました。ささやかながら、生涯の誇りです。

 救助隊ではいつも先輩から、「山では、生命と弁当は自分持ち。全て自己責任。自分を守れない者に他人は救えない。」と教えられました。

だから、遭難の一報を受け最初にするのは、自分自身の準備です。季節、天候、遭難場所、ビバークの可能性などを勘案し、個人装備や服装を整えます。その後、救助作業を想定して、ロープ、ディセンダー、アッセンダーなどの救助用具や水や食料を用意します。

現場でも蛮勇は禁物。遭難者が岩壁にしがみついていようと、猛吹雪の急斜面に倒れていようとも、先ず行うのはセルフビレイ(自分の安全確保)です。

ヘリコプターが着陸できない急峻な岩場に、ワイヤーに吊られて降り立つのは、高度3,000mでの空中ブランコ。落ちれば確実にお陀仏なので、ハーネスやカラビナの装着は何度も確認します。人命救助だからこそ、自分を守ることに寸分の妥協もありません。

工事現場の安全管理が徹底されている昨今ですが、だからといって「安全」は漫然と与えられるものではありません。現場の戒めとして、これからも「怪我と弁当は自分持ち」という気持ちを大切にしたいものです。

三井 栄二
 

ふるさとの民家 建築士ながの掲載

ふるさとの民家 建築士ながの掲載
 

進徳館

長野県上伊那郡伊那市高遠町の高遠城址内にある高遠藩の藩校である。第8代藩主内藤頼直が1860年に城内三の丸旧内藤蔵人の屋敷に学問所:進徳館を開いた。ご存知の方もいるかも知れませんが高遠コヒガン桜で有名な高遠城址内に有ります。お花見の際には是非寄って高遠藩の武士達が武道、和学など学んだ空間に身を置き当時の気配を感じて頂きたいと思います。余談ですが私は県立高遠高等学校の出身で、私が学んだ木造校舎は当時この城址公園内に建っており進徳館を施設の一部として活用していました。特に利用していたのは華道・茶道部でした。私は蹴球部でしたので不純な動機で女子の立てたお茶をいただいた思い出が有ります。 丸山 幸弘

 

所在地:長野県伊那市高遠町(高遠城址公園内)

見 学:公開中

 

環境のなかの建築 建築士ながの掲載

環境のなかの建築 建築士ながの掲載
 

環境のなかの建築

 飯田市歴史研究所が行う市民向け講座「暮らしと住まい」伊那谷の住宅史の講座の一つを担当することになった。伊那で発行されたリトルプレス「CAMP」に寄稿した記事を目に止めて声をかけて頂いた。その記事はスイスの教会を見学した時の印象が、長野の環境と風景から受ける印象が似ていたこと、建築を地域や風土、環境に合わせてつくっていく重要性について書いた。講義では、豊かな自然環境を生かした建築の設計、プロセスについて話そうと思っている。話は変わり、数年前より母校で設計演習の非常勤講師をしている。最終課題は実際の街の6区画の1つを選び住宅を設計するというもの。選ばれた発表作品が偶然6区画に該当し、模型を街区に並べてみた。一つ一つは丁寧に設計されて評価できるが、それぞれの個性と価値観、集まった時の違和感が大きい。実際に6組の建築家に設計させたとしても同じような結果になるのではないかと想像し、本当にこれで良いのかと悩んでしまう。私は、周辺環境の中で成立する建築、作家性や作意を超えて普遍的な建築を模索しています。

 

須永次郎
 

まちかど美術館 建築士ながの掲載

まちかど美術館 建築士ながの掲載
 
美術館内部
まちかど美術館
アンフォルメル中川村美術館
INFORMEL NAKAGAWAMURA MUSEUM
 
上伊那支部 情報広報部会長 辻井俊恵
 くねくねと山道を抜け、ようやくたどりついた先に見えるのは、赤い角の生えたRCの壁。建築家、毛綱毅曠の設計の美術館である。
 近寄ってみると、横長の一枚ガラスの小さな受付。左手にトイレ棟とシンボルタワーを見つつ彫刻のある前庭を歩くと、先程とはうって変わり天井も壁もガラス張りのS造のエントランスホール。この一面のガラス越しには、雄大な中央アルプスと眼下に中川村の景色が広がる。が、さすがにこの季節は天井までガラス張りの小さな空間はきつく、そそくさと展示室へ。この美術館の展示テーマ「アンフォルメル」、すなわち不定形。美術館の形状そのものでもあるような、この不思議な形状の空間には細部をこだわりデザインされたディテールがちりばめられ、この中においても施主であった鈴木崧の作品等、
非具象的な絵画が主張している。なんとも不思議な空間。
 その後、別棟の居住棟であった建物へ。居住棟であるためか先程と比べ無機質感は少なく、和室には建具の手掛けや丸窓の廻る障子、全開口できる障子の外の板戸にと、優しさを感じる凝ったディテールがみられた。
抽象的な絵画を収蔵した主張の激しい尖った抽象的な建築物が、中川村の山奥の大自然の中でひっそりと、主張し溶け込む、アンフォルメルな不思議な時間と空間。皆様も是非。
 
 

古民家探訪

古民家探訪
 

■小野宿問屋(旧小野家住宅)

この小野家は近世初期から庄屋をつとめていたが、初期中山道が廃止されて間もなく、伊那街道小野宿の問屋場となり、幕末に至った。安政6年(1859)3月の大火災後に建築された本棟造りの宿駅民家で、その豪壮な構えは宿場町の中心的存在にふさわしい景観である。梁間10間半、桁行8間半という大規模な本棟造りで、正面に胴差と妻梁の2段の太い横架材を使い、また、本棟造の正面性を強調するために、梁行10間半から発生する非対称の視覚的解消や破風に転びをつけるなど、様々な技法が駆使されているのがこの建物の特徴である。
是非一度、一般公開で内部を見学してみてください!
(上伊那支部 堀内 秀利)

 

信州歴史街道 道標

信州歴史街道 道標
 
伊那街道・岡谷道 分岐点
この場所は、松島追分といわれ、以前の松島宿の北側に位置します。今は箕輪町中箕輪という地籍です。この道標には「右すハみち 左まつもとみち」と刻まれています。この地点から伊那街道を北上すると宮木、小野、塩尻を通り松本へ、岡谷道を行くと沢の集落を抜けて天竜川を小河内に渡り、平出、川岸を通り諏訪へと向かいます。この付近には、庚申塔などの石造物も多く、松島追分が伊那街道の重要分岐点のひとつであったことがうかがえます。また上伊那唯一の前方後円墳である「王墓」がすぐ近くにあります。古墳が好きな私としては外せないポイントです。是非一度訪れてみてはいかがですか。
 

建築士ながの投稿記事

建築士ながの投稿記事
 

伊那部宿 旧井澤家住宅

「伊那部」と書いて「いなべ」と読みます。伊那部宿は伊那街道の中で飯田城下と塩尻の中間に位置し、東は高遠城下、西は権兵衛峠を越え木曽へ通じる交通の要所でした。天竜川右岸、現在の伊那市街地より一段高い段丘の上に位置し、南北330mの直線の町並みです。旧井澤家住宅は伊那部宿の最南端にあります。宿場全戸が全焼した、天保の二度の大火にただ一軒だけ類焼をまぬがれた宿場最古の建物です。また宿場内で唯一の破風屋(本棟造)で建坪も最大でした。珍しいことにこの建物の土間(通り)には井戸が有ります。これは井澤家が酒造販売をしていたためで、とても特徴的です。平成17年3月に解体復元工事が終わり、今は伊那市の資料館として使われています。春には近くの春日城址公園や宿場内の長桂寺の桜が見事です。是非一度お越しください。

所在地:伊那市西町5597-4
交通アクセス:JR飯田線伊那市駅より徒歩12分

(吉川)

 

上​伊​那​建​築​士​会​事​務​局​
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2.建築行政への協力
3.地域社会活動への参加
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